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一人っ子

カルアさまのコメントに触発されて書いてみることにしました。
私が過ごしてきた幼少時代とかの一部。

私は一人っ子です
母が命がけで産んでくれたため、兄弟がいません
心臓外科・内科・産婦人科のお医者様たちが勢ぞろいでの出産だったようです。

母はもともと体が弱くて、10代のときに2回くらい大きな手術をした。
腸を詰めたり後はなんだったかなぁ・・・
未だに母の体に残る傷が物語る生々しい大きな傷跡。
私を生んだら母体が危ない事もわかってての出産でした
だからそんな母には感謝をしながら生きていかねばなりません

私を産んだ後はもちろん子供を産むことは出来ない為一人っ子に。

今の家に引っ越してくる前は親子三人でのアパート暮らし
近所には同じ世代の子供が沢山いたため一人っ子だった私も遊び相手が多かった
同い年の友達が6人とかいたから寂しくはなかった

両親とも働いていたので幼稚園のときは通常の時間が終わっても
幼稚園に残り(長時間保育)同じような友達たちと遊んだりした

小学校に上がってからは俗に言う「かぎっ子」となり
家に帰って鍵をあけランドセルを下ろす

それからは必ずやることがあって、

洗濯物を取り込む
お米を研いで炊飯器に入れる

この二つは必ず終わらせなければ遊びに行ってはいけなかった。
終わらせれば毎日テーブルに置いてあるお小遣いを持って近所の駄菓子屋へ
駄菓子屋に行けば友達が待っててくれる

「お米研いでから行くから待っててね」というのが私のいつもの台詞

今思えば幼い頃からの家事の手伝いはしていてよかったと思う。
家庭科の時間も恥じをかかずにすんだし。
高校時代も一通りなら料理は出来た。
これも両親に感謝すべきことかな。

一人っ子はいつも家に帰ると親しかいない
遊ぶのも親。
近所の子と遊べない時間は仕方がない

だからTVやマンガ・TVゲームをして遊んでいた
それが時間のつぶし方

働いている親をみていた為物はねだらなかった
大変そうなのがよく分かっていたから。
だから欲しいとは言わず親が買ってくれたもので必死に遊んだ

私はそれで満足だった

でも一つだけずっと考えていたことがある

幼稚園のときからずっと考えていた

「もし親が死んでしまったら私が葬式を出さなきゃいけない。
頼る人は親戚だけで兄弟はいないから頼れない」

こんな幼稚園児いただろうか。
でも一人っ子は切実な問題だったと思う。

今思うのは私がもし結婚して子供を授かれることになったら
一人っ子だけにはしたくない。
寂しい想いさせたくないから
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by ochamero | 2006-05-31 14:46 | めろんの日記